田中さんが28歳の時のこと、「父が胃潰瘍になり、母に説得されて」売薬さんの仕事に就こうと決心した田中さんを励ましてくれたのは、お客様との交流でした。
当時は“お得意様泊まり”といって、売薬に回った先で、お得意様の家に泊めてもらう風習がありました。いつも泊めていただくお得意様とは、親戚同様のお付き合いをしていたそうです。
そのほか“昼宿(ひるやど)”といって、お昼に持参したお弁当を食べさせてもらうお宅があり、そこでお味噌汁などをふるまっていただいたとか。
冬にはコタツでお茶菓子をいただきながら、茶飲み話に花を咲かせることもよくありました。
今と違って娯楽の少なかった時代の売薬さんには、浄瑠璃や浪花節を習っては、お得意様泊まりの時にお酒を酌み交わしながら披露することも、大切な仕事でした。
また、30年前くらいまでは“山の神”といって、農閑期には仕事を休んで、奥さん方がお茶飲み会を、だんなさん方が一杯飲む会をするという行事がありました。
その時には、田中さんもマイクやカラオケセットを持参しては、自慢の喉を披露したそうです。
「実際にこの仕事を始めて、こんなに楽しい仕事があったのかと思った」と田中さん。
古き良き時代の懐かしい思い出です。 |